2024-03-20 (2)

春分が国全体で祝われるべき日であるというのは少し不思議に感じられる。しかし理由はともあれ、私の勤めでは祝日は休みであり、休みは良いことである。週末に結婚式への参列を控えているので髪を切ることとした。

前回美容室に行ったのは半年近くも前のことで、それも結婚式が近づいたから髪を切ったのだった。そこから伸ばし続けた髪はセットするのも一苦労であり、そうするとセットしなくなるので余計に収まりが悪くなる。

中央線と山手線を乗り継いで原宿で降りた。予約サービスで安くて腕も悪くなさそうだったのでそこにした。祝儀も払わねばならないので金がなく、安いに越したことはない。前回切ってもらった人で良かったのだがその人はニュアンスパーマしか受け付けていないというのでやめた。というかニュアンスパーマって何? それこそニュアンスでしか判っていない。

美容室では以前は何も話さずに本を開いて読み続けていたのだが、それも感じが悪いような気がして最近は少しは話すことを試みている。本を開いているとまったく話しかけてこないことが多いのだが、スマホを見ている場合はその限りではない。案の定、今日はお休みですか? と尋ねられ、ひとしきり仕事の話をした。

仕事の話をしてしまうと、それ以上は特に話すことがなくなり、美容師は何ヶ月分も伸びた髪を黙々とカットをし続けた。私も黙々と他人のブログを読んだ。しかしカーラーを巻く頃になって、福島県出身というその美容師が専門学校に入る際に上京して住んだ街が私の実家がある街であることが偶々判明し、そこからはひたすら武蔵野台がどうとか調布に映画館ができて云々とか話していた。

天気の不安定な日で、私が家を出たときは雨は止んでいて、髪を切られているときは晴れてもいたのだが、パーマがかかった頃には土砂降りで風も強く吹いていた。それを見て陰鬱になる。セットしてもらって美容室を出るときも相変わらずで、青山ブックセンターでも歩いて行こうかと思っていたが、早々にそんなことは諦めて近所の喫茶店に避難した。暴風雨と呼ぶほかない天気だった。

クリームソーダを頼んだあとに同居人から電話が来て、玄関の戸が閉まらなくなってしまったという。我が家の玄関には欠陥があり、強風に煽られて勢いよくドアが開くとそのまま廊下の手すりに挟まってしまって固定され、びくともしなくなるのである。前日にも不動産屋に助けを求めたらバールを持ってやって来て、てこの原理でドアを動かしていた。しかし今日は水曜で不動産屋は休みであろう。彼女も今日美容室の予約がありもう出ねばならないというので、仕方なくドアを開け放したまま外出することに合意した。

電話を終えて戻るとじきにクリームソーダが置かれた。メロンソーダが甘すぎてそこまで好みではなかったが、ドアが開いているのが気になって味もよく判らない。気休めに、置かれている漫画を手に取り1巻読み終わると店を後にした。幸いもう雨は止んで晴れていた。

行きは中央線で来たが帰りは座りたかったので代々木で乗り換えて総武線に乗る。新宿で座れるだろうと見越してのこと。案の定座れた。荻窪で降りるときに、中年の女性が私が降りた電車に乗り込もうとして転ぶのを見て思わず駆け寄ると、女性はすぐに立ち上がったが左足の靴がなかった。驚いて「靴は? 靴どうしたの?」と子供に問うように尋ねてしまう。「こっちの靴だけ(線路に)落ちちゃって」と女性は答えた。私が何をできるでもなく立ち尽くしていると「車掌が参りますのでそのままお待ちください」と放送が入り、女性が「もう大丈夫ですから、ありがとうございます」と言うのを聞いて立ち去った。

駅前の西友でバールを探すが見当たらず、とりあえず縄と滑り止めのついた手袋を買った。それから夕食を私が作ることになっていたのでカレーのルーと具材を買った。そうして家に戻ると、やはりドアはまだ開け放しである。具材を冷蔵庫に入れてすぐ縄を持って手袋をはめドアに立ち向かう。縄をドアノブにくくりつけようとするが風が強すぎて寒くてうまくいかない。何度か試したがだめで、縄を諦め手袋でドアノブを握って力任せに引っ張ったらドアは閉まった。やれやれと一服する。昨日閉まらなかったのは素手で閉めようとしたからなのか。あるいは今日の方が手すりへの挟まり具合が弱かったためなのか。

最近平民金子氏の『ごろごろ、神戸』を読んでいて「家のカレー」が登場したのを見て食べたくなり、作ることにした。普段食事は彼女が作るか外食するかで私が作ることはないのだが。たまにする分には料理は無心になれて良いと思う。適当に手を動かすと美味しいものが食べられるという仕組みなわけだから、趣味としてはこれ以上のものもなかなかない気がする。とはいえ私は一人暮らしをするまで包丁すらほとんど握ったことがなく、二年弱の一人暮らしの間も30回くらいしか料理をしていないはずなので手際は非常に悪い。悪いながらもカレーくらいならなんとか作れる。カレーのとろみが出てくるのを待っている頃に彼女が帰宅し、一緒に食べた。見た目は悪いが、まさしく家のカレーの味だった。

第18回 ライスカレーの夢 - 『ごろごろ、神戸2』『ごろごろ、神戸3』