2026-07-28

夏。

頭が痛い。ベッドに横たわっている。ひたすらTwitterをスクロール。バラエティ番組の切り抜きとショート動画と熊本のイオンモールの惨事ばかりが流れてくる。

ライブカメラで熊本市内のバスターミナルが入っている建物が揺れるのを見た。当地に旅行してからひと月も経っていないから、その場所は馴染み深く感じられる。

頭が痛くてきついが、それでも冷房の効いた部屋でただiPhoneを眺めていられるというのは幸運なのだろう。

それでも、頭が痛い。それでも幸運。何があるかわからないな。離婚したことを加味しなくても、28歳は難しい年齢なのかもしれない。

とにかくセブン-イレブンに行こうと思う。そしてシュークリームを買う。

2026-03-27

最近は文章を読むことからも書くことからも離れて著しいので、ろくなことが書ける気がしないのだが、そういった気分になったので何か書いてみる。

春が来たことはうれしい。寒いのが苦手なので、基本的に10月くらいから2月の終わりくらいまでは陰鬱な気持ちでいる。10月ならまだ今より暖かいことは暖かいかもしれないが、いよいよ夏が終わり、これから寒くなる、という覚悟をしながら日々を過ごすのが耐えがたい。その点3月はたとえまだ寒くてももうすぐ暖かくなるという兆しを感じながらなので、それは耐えられる。そしてついに寒くもなくなってきた。毎年毎年こんなことを考えており、もし状況が許せばおそらく10月から3月は那覇にでもいるような生活を送ると思う。

春の陽に照らされているときの神戸は美しい街であり、その街に旧友たちがやってきたのもうれしかった。私は神戸をひとしきり案内して自分が作ったわけでもないのに得意気な顔をしたと思う。しかしこんなに住み良い街があるというのはいまだにちょっと驚かされるところがある。山があり、海があり、その間にはほどほどの都会がある。

週末をのぞけばほとんど部屋から出ることもなく一日中AIに話しかけている。仕事でもそうだし、仕事が終わってからもそうで、というのもひたすらAIに何か作らせたり、作ろうと思うものについて相談しているからだが、セブン-イレブンの店員くらいしか生身の人間と出会わず、職場の人とも友人ともテキストや電話やZoomでしかやり取りをしない生活をずっとしていたらいずれ気が狂うのではないかという気がする。

古くはWeb2.0とか、そして時代をくだれば仮想通貨とかNFTとかそういったバズワードが定期的に世間を騒がせているが、今回ばかりは本物だという感じがAIにはある。実際私の働き方はすでにもうずいぶん変わってしまった。そんなものが無縁な世界もあるとはわかっているが、私の見ている世界ではすでに大きな変化が起きているように見える。

いつだって私たちには1秒先のことすら本当にはわからないのだが、技術の進展やきな臭い世界の風潮を鑑みると、いよいよ数年先のことが何もわからない。大した変化はないのかもしれないし、逆に日本という国がなくなっているとしても、そんなこともあるかもしれないと思う。その過程ではさまざまな軋轢が生まれ、生活は私が生まれ育った時代のようには楽ではないだろう。それゆえに生き急いでしまうようなところがある。日々の生活に困難がないうちにそれを楽しみたいと思うし、そしてまたできればどんな未来が訪れてもある程度持ちこたえられる状態にならなければならないという焦りもある。死ななくてもいいようにすることといつ死んでもいいようにすることの両方をしなければならないと感じる。

『きけ わだつみのこえ』や『戦中派不戦日記』を読みながら、彼らは生まれた時代ゆえにこんな目に遭わされているのか、不公平なものだ、と他人事のようにかつては考えていたのだが、案外他人事ではないかもしれない。そんなことを真剣に考え始めるようになった。徐々につましくなってゆく世界で、私はロイヤルホストや阪神電車やマッチングアプリやガントリークレーンやアイスハニーカフェオレを思い出して泣くだろう。その涙はたぶん美しいのかもしれず、退屈な日常より優美な滅亡を経験できることにも意味があるのかもしれない。それでも、今のところはそのような美学に屈する予定はない。

2025-11-20 汽水域

近所の河川敷を走る習慣をつけようとしている。自宅でディスプレイに向かい、キーボードを叩き続けるという作業が本来人類に適しているはずはなく、また喫煙、偏食、不規則な睡眠といった不摂生を心がけているため20代後半にして既に漠然とした不調を覚えている。不調よりは快調の方が良い。そのため、走ることにした。

私が走っているのは住吉川で、河川敷は整備されており歩く人や走る人がそれなりに見受けられる。住吉川は天井川であり、川へ向かうと上り勾配になるのが違和感があって面白い。水深は浅く、街中を流れる川としては澄んでいて、名もなき魚の群れが泳いでいるのを見られることもある。鴨や鷺のような鳥がよく佇んでいる。

比較的下流に住んでいるので走っているうちに河口にたどり着く。河口といっても人の手の入った流路のため川幅は狭い。またその先には果てしない海が広がっているわけではなく、見えるのは埋立地と、それらをつなぐ橋梁ばかりである。それでもそれまでの舗装路が途絶えて河口付近は砂浜のようになっていて、波が打ちつけている。

波があるくらいだから、きっとここは汽水域だろう。川の水をすくって塩辛いか確かめてみたいような気持ちに駆られる。一体どこまでが汽水域なのか。厳密に言えば、汽水域は潮の満ち引きの影響を受ける場所を指すらしく、荒川の場合は河口からはるか上流、埼玉県の秋ヶ瀬取水堰までが汽水域だという(そこに棲む魚のほとんどが淡水魚だとしても)。

住吉川については判らないが、私が「河口だなあ」と思っている場所よりきっとかなり上流の方まで汽水域にあたるのであろう。でもそれはどうでもよく、明らかに海の流れと川の流れが打ち消しあうようにしているのを目の当たりにすると、それはちょっとした見物である。

河口まで来れば引き返すほかない。上り坂になるのでつらいのだが、その代わりには六甲山系を眺めることができる。山の一部が紅葉しているのがわかる。なぜ葉っぱが赤くなっているだけのことに心惹かれてしまうのか。私は自然が好きなのでは特にないのだが、街に暮らしていながらいつでも山や海や川を眺められるのは良い生活だと思う。それらは人間の営みとは関係なく、失業しても戦争が起きても変わらずにあり続けるだろう。

自然ばかりが良いのではない。下流域では住吉川に沿って六甲ライナーが走っている。東京で言えばゆりかもめ、大阪で言えばニュートラムにあたり、とにかく港の方を走っていてゴムタイヤでかわいい形をした高架の軌道である。夜には山も海もよくわからないが、六甲ライナーが走り去って河川敷に窓からの光を落としていく。

私の実力に対してペースが速すぎるため息を切らして走っており、景色をゆったりと眺めている余裕などないのだが、走りながらもここに書いたような景色を一瞬のうちに見て、一瞬の満足を得る。このようなランニングコースがなければこの寒いのに外を走ろうなどとは思わなかっただろう。住吉川にうんざりしてきたら石屋川などを走ることで若干の気分転換を図るつもりでいるが、うんざりするほど走り続けられるかが問題である。

2025-10-31:孤独な本棚の夢想

世間ではハロウィーンというか、しかしさすがにストーリーで本気の仮装を披露している同年代の男女もほとんどいなくなって、Twitterのタイムラインで地味ハロウィンのツイートがいくつも回ってくることで今日がその日だということを知った。ハロウィーンということは月末で、経費精算と工数入力の締め日だと連想するのが会社員。ついでに言うと高校のとき、私服の学校だったので仮装する生徒が結構いたのだが、担任が「異民族の祭りに興味ない」と一蹴していたことも思い出した。別に生徒の仮装を否定するわけでもなく、私は興味がありません、という主張だった。しかし他の機会に目のところがハートになっているサングラスを悪乗りでつけてもらったら、仮装それ自体は満更でもなさそうだった。日本人のひとつの類型としか言いようがない見た目の、どこにでもいそうなおじさんなのだが、ハートのサングラスは割と似合っていた。話のわかる人で私は好きだった。

「毎日小さな達成を得ましょう」と昨日書いた。これは昨日上長と面談したときに言われたことで、入社したばかりなので何か毎日学んだり、少しでも改善をして、それを積み上げていきましょう、みたいな文脈だったのだが、人生全般においてそうじゃないかと昨日の文章を書きながら思ったので末尾に引かせてもらった。そういうわけで今日の達成を書く。この文章を書いていること自体もそのひとつなのだが……。

本棚を組み立てて荷解きした

前の家から(というか一人暮らしを始めたときからずっと)使っている本棚がひとつあるのだが、そこに現状本が収まりきらない。前の家はたまたま、出窓のようになっている部分があって、その窓台に文庫と新書をひたすら並べていたので良かったのだが、今の家にはそのようなものはない。

世間で「本棚」として売られているものの大半は奥行きが深すぎる。私の持っているものもそうなので、たとえば四六判やA5判の書籍と文庫や新書を前後に並べることができてしまう。そうすると奥の書籍はもちろん取り出しにくいし、そもそも何が置いてあるか目に入りにくくて忘れるので、できればやりたくないのだが、置場がないときは背に腹は代えられずやってしまう。

しかしそれを避けたいので、文庫本を収納できる本棚を買った。それが今日届いたので仕事が終わったあとに組み立てた。組み立てる前に、書籍の入った段ボールが部屋の多くを占めていて作業する場所がないので、幸い今回は判型別に荷造りをしていたこともあり、従来の本棚に入れるであろう大きめの判型の書籍だけを先に荷解きする。

今まで使っていた本棚はダボの差し込み口がたくさんあって、適当にはめこんで棚板を乗せる形。棚板とダボは外した上で運んできたので、どこに棚板をはめていたのか思い出せず適当にやる。次この本棚を持っていくときは記録しておくべきだなと思うが、もう次に引っ越すときはこれはおそらく処分しているだろう。棚板が歪んできたが、廃番になっているのでもう手に入らない。

文庫と新書以外はあらかた荷解きをして段ボールをまとめてスペースができたところで、組み立て始める。ここ数週間で既にデスクやベッドフレームを組み立ててきたが、こうした家具の組み立てには若干の満足が伴う。やや理解しにくい説明書を読みながら、どうすればこのような大物をひとりで組み立てられるか検討したり、あとでがたつかないようにボルトの締め方を考えたりして、実際に身体を動かすのはちょうど良い作業という感じがする。デスクは棚と一体になっているような形なのだが、横倒しの状態で組んでいた棚の部分を直立させる工程があり、正直かなり重たくてここまでかと思ったが、どうにか持ち上げた。そのようなほどほどの苦労もあるのも良い。

今回の棚は、この種の(つまり、組み立てる前提の安価な)棚のなかではやや高価だったためか、それとも図体が大きくないためか、工程は3工程くらいしかなく、ひとりでも易々と組み立てることができた。また棚板も所詮化粧板なのだが、木目調のプリントに若干の質感を与える加工が施されていて、安っぽい家具としては比較的安っぽくなく、よかった。

そのあと文庫本を荷解きしながら、今までもいくつかのジャンルに限っては既存の本棚に入れていたことを思い出した。しかしなぜかそちらはもうあまり本が入る余地がない。棚板の配置が悪いせいか、なぜか同じ本棚で似たように詰めているのに収納力が減少している。かといって本が既に載っている状態でそれを取り出して棚板の位置を変えるのも面倒なので、なんとか余地を作り出して、ときには結局文庫と単行本を前後に並べるような配置で一定詰めた。それでも買ったばかりの本棚はほとんどいっぱいになる。

また、前の家では文庫や新書はすべて窓台に横並びになっていたわけだが、新しい本棚はそこまで横幅がないので当然縦方向にも、何段かにわたって並べることになる。そうすると横並びの場合と異なり序列が発生する。本棚は私の腰ほどの高さなので、上から1段目が最も目に入りやすく良い位置である。2段目もまだ大丈夫。3段目くらいになると膝くらいの高さで、しかも2段目の影があるのでやや見にくい。4段目はほとんど足下である。文庫の判型ぴったりの書棚ではなく、若干の余裕があるので3段目と4段目は前に出して置く。これは書店の本棚でも行われていること。それでもやはり上から順に序列がある感じがするので、どの本がその位置にふさわしいのか検討せねばならない。

純粋に読んでこれは面白いと思った本を一番上に置くのが本来だと思うが、そうするとジャンルがばらばらになる。これも言ってみれば「私セレクション」のような感じで良いかもしれないが、一定の規則性を持たせたい気もする。横並びであれば、純粋にジャンルごとに並べてもあまり違和感がないのだが、序列があると、ではどのジャンルが一番上に来るべきなのか、という命題が生まれる。

そのとき、私はある人の目をどうしても意識してしまう。昨日書いたように知人のほとんどいない土地に住んでいるので、遊びに来る人もほとんどないし、しかも来るだろう人は大抵かつて私が住んでいた家に来たことがあるので、本棚のラインナップもおおよそは把握している。だからある人とは特定の誰かではなく、本棚評論家のような架空の存在である。そいつがどう思うかということを考えてしまう。しかしその本棚評論家の価値観は結局自分の価値観であり、私自身が私の本棚を他人として眺めたときに、私の理想とする本棚と現実の本棚との差分がどれだけあるかということなのだが。

結局完全に納得してはいないが、このように並べて一旦完成とした。一定の法則性を見出せるかもしれないし、実際は私の感覚でそれを並べているので、他人にはよくわからないかもしれない。

物体としての本にそこまでの関心が無く、雑な人間なので本をぼろぼろにしてしまうのが恥ずかしい(文庫本なら尚更)。なおメフィスト系の作家(森博嗣とか京極夏彦とか)とSF(筒井康隆とかハヤカワとか)は「既存の本棚」に入れている。

本を人並みよりはたくさん持っていると思うが(私の周りには私よりずっと多くの書籍を保有している人が何人もいるのであまり大きなことは言えないのだが)、結局そのように本を揃えて、半分くらい読んだところで私が考えるのは今まで書き連ねてきたような、俗なことばかりなので、これ以上本を増やさないように心がけようと思ったのだった。私はそこまで気合いが入っていないので、本を入れる場所さえ部屋にあればいいということはなく、ソファやテーブルもできれば置きたい。


購入した本棚

2025-10-30

いろいろなことが起こり会社を辞め、妻と別居し、神戸に一人で住み始めた。そこに至る経緯は特に面白くはないので書かない。妻とはたまに会うし話もしている。ただそういうことになった。

あいにく無職で居続けられるような蓄えがあるわけでもなく、紆余曲折の末、昔取った杵柄でIT業界に勤めることにした。書籍編集の仕事は面白く、意義もあると思うが、つらいこともある。また東京に戻らないと仕事の口がなかなかない。本を作りたくなれば、本は作れるので、ここでは新天地に活路を見出すこととした。

一体活路なんてものがあるのかはわからない。しかしいずれにせよ今は働かなくてはならないのだから、働くしかない。書店に行ってももう仕事のことを考えなくていいのはうれしい。


結婚する前から同棲していたから、しばらく一人暮らしとは縁がなく、また当分ないものだと思っていたら、因果なものでまたすることになってしまった。それもこれも私が悪いのだが。

以前一人暮らししていたのは東京で、私たちはまだ若く、適当に声をかければ平日の終業後でもいくらでも友人と会えたので、そこまでの孤独を覚えていなかったのだが、こちらにはほとんど友人がいないので、なかなかそのようにはいかない。毎日特に何もないなと思っている。

妻は酒が好きなので、京都で行きつけの飲み屋をいくつか作ってあっさりと交友関係を獲得していたが、私は酒を飲めないのでその手法をなかなかとりにくい。酒の飲めない成人男性はどうやって友人を見つけているのだろう。

酒が飲めたとしても、大抵の人は学生時代の友人か会社の人くらいしか付き合いがないのかもしれない。私は会社の人とプライベートでどこか遊びに行くようになるビジョンすら見えたことがなく、飲み会くらいならそれなりに楽しかったとしても、そこから休みの日に誘うとか誘われるまでには結構な距離があるように思う。

かと言って東京に戻りたいかというと微妙なところ。だってこちらの方が絶対住みやすいから……。逆にそっちが来い、くらいのことを友人に対して思うが、特に誰も来ない。東京でもらってる給料そのままで関西に来られるなら結構良い暮らしできるんだけど。


京都を離れたのは、いろいろと行き詰まってしまった状況からすこし距離を置きたかったのがひとつ、京都の街並みから放たれる京都らしさに若干うんざりしてきたのもひとつ。

私は昔から京都が好きで、そして今でも好きなのだが、あまりにも歴史がありすぎるために土地がその呪縛を受けているように見えるときがある。新しい建物でも、伝統という軛から逃れられない(それが京都を特別な都市にしているのだろうけれど)。一方で欧州の都市のように統一された景観を本当に実現しているわけでもない。それなのにどこで写真を撮っても京都だなと思う。

その点神戸はいい。歩いていて感じられる歴史性はせいぜい百数十年。阪神間はさらに後年、鉄道が走り郊外に住んで都市へ通勤するというスタイルができてからの土地だから、東京の郊外で育った私はとても親近感を覚える。もちろんたまには古墳やら遺跡やら、古くからの神社や産業もあるわけだが、それはどこでも一緒。今見えているものの大半は、明治以降の産物だという感じがある。そのうえで山と海があり、山から海までは川がいくつも走っているのだから、もう何も求めるものはない。

そういうわけで移り住むことにした。六甲山系を間近に暮らしているのに、少し歩けば阪神高速や埠頭も眺めることができるので、それにはとても満足している。


良い景色を見ながら漫然と日々が過ぎていくので、老後のようだと思う。どこにもつながっていなくて、何をしてもしなくても同じ感じがする。いつかもこんなことを書いたような気もする。だとしたら変化がない。変わることがいいことかはわからないが、少なくとも飽きなくて済む。今は退屈なのかそうでないのかすらわからない。

毎日小さな達成を得ましょう。

2025-06-27

人生が混沌としてきたのを感じる。具体的な問題や抽象的な問題が山のようにあって、その重さはさまざまなのだが、それは生き方が生み出したものなのか。この人はまともだな、と感じる人は問題に囚われることも少ないように思える。それとも、問題に囚われていないからまともに振る舞えるだけなのだろうか。そもそも、うまく社会に適合できていることを指してまともだと言っているのであれば、問題が生み出されることも少ない、というだけかもしれない。

生きている限り、それまでの生き方のつけを支払わされ続ける。つけているのが悪いのかもしれない。それにしても、この文章のつまらなさ。書いても書かなくても同じ。昔はもう少し何かまともなことを考えていたような気もするんだけど。

そもそも書くことが何もない。考えるのをやめてしまった。今日は会社で叫び出したかった。しかし叫ばない。叫ぶことで狂人と思われ、かわいそうな目で見られるのが嫌なので。気が狂いそうだとしても、私は特にかわいそうではない。私が生きてきた結果がそこにあるだけで。それにしても、一体どこへ向かっているのだろう、とは思う。どこへも向かっていないのかもしれず、それでも時間が過ぎていく驚き。

親不知が虫歯になって痛むのだが、歯が痛む間はそのことしか感じられない。脈拍とともに痛みが連動するのをずっと感じていて、痛みと、それを意識している自分しかこの世に存在しない。それが少し落ち着くと素早く歯医者に電話したり薬をもらったりして現実的な解決に挑む。問題と解決があまりにもシンプルなので、人生全体がこのようであればいいとさえ思う。一方で、私は歯医者に継続的に通うことができないから、それが後の痛みを生み出している。そのように私の人生は駆動している。

2025-05-26 高倉健と和式便所と山形浩生

土曜日にちょっとしたイベントがあり出勤したため、今日は代休。イベントも別にそこまで働いている感がなかったので、単に平日に休みが増えたようでお得である。

北大路の大垣書店で山形浩生『翻訳者の全技術』を買ったあと、烏丸紫明あたりにある喫茶店に行った。私はクロワッサンが好きなので、それが食べられ、かつ煙草も吸えるコーヒー屋かパン屋がないものかと思ってずっと探していたのだが、今日発見したので行くことに。

クロワッサンはおいしく、店内は純喫茶らしい重厚な雰囲気。よかったのだが、トイレが和式で、ややいやな気持ちになる。高倉健もよく通ったお店らしいのだが、排泄しながら、高倉健もここの便所で気張っていたのか、と下品なことを思う。あの渋い顔で便器をまたいでしゃがみこみ、不器用ですから……などと言いながらうんこをひり出していたのか。


『翻訳者の全技術』はライターによる聞き書きのような形なのだが、本人が手を入れたのか、いつもの山形節とでもいうべき文体になっており、すらすらと読める。お店にいる間に読み終わってしまった。phaが「曖昧日記」で触れていたので読んだのだが、『新教養主義宣言』に心躍った私にはよかった。でも、タイトル通りの「翻訳者の技術」を求めている人には不適でしょうね。あくまで、山形浩生の全技術。山形浩生にどちらかといえば好感を抱いている人でないと面白くはないかな。

山形浩生は世評の分かれる人で、いろいろな見方があると思いますが、私はインターネットにヒッピー文化が残っていた時代の名残をぎりぎりで経験していて、ローレンス=レッシグ『CODE』の翻訳をはじめとしたオープンソースやフリーソフトに関する一連の仕事は評価している。あと、本書中でもいくつか触れられていたけど、キューバに関する文章は面白かったな。

でもなにより、『新教養主義宣言』に収録された文章には人を鼓舞する力があったと思う。そのすべての主張に賛成することは私にはできないんだけど、その目論見や射程はよかったと思う。本書には『新教養主義宣言』のようなドライブ感はそこまでないけど、そうした仕事も含めて自分の方法論や考え方を振り返っているので、それはそれで参考になる部分もある。

特に面白かったのは、以下に引用する、何かと何かの中間領域を狙うという話。

頭の中にある知識のストックを増やしていくと、テーマ同士が思わぬ化学反応を起こすことがある。

リナックスを筆頭にオープンソースソフトが大きく注目されたとき、ぼくが少し有名になったことがある。そういうものがどう経済や社会に影響を与えるかについて、多少なりとも言える人間が日本には他にほとんどいなかったからだ。ソフトウェアと経済の関係についての専門家なんていない時代に、なんとなく遊びで見ていたUNIXやリナックスといったソフトウェアと、仕事で扱っていた経済学を掛け合わせたら、他の誰よりも詳しげに言えたのだ。それぞれの分野の専門家はいたけれど、両方の中間をやっている人はいなかった。そしてまさに、やはり開発者ではあっても学者ではないエリック・レイモンドがそれについての有名な論説『伽藍とバザール』シリーズを発表した。それを見るだけで、もう当時世界で見るべき議論はほぼ尽きていた。

そういうやり方について、ぼく自身はあまり意識的に考えたことはなかった。そこがおもしろいのであれこれ調べていただけだ。でもあるとき、伊藤穰一と話をしていたとき、そういう話になった。彼はそれをかなり意識的にやっていたそうだ。複数分野の中間地点を狙え。物理学のようにすでに完成された世界なら、いまからそれを極めるのは至難の業だし、凡人は既存の研究者には勝てない。ましてそこで世界のトップになれるわけがない。でも新しいものは常に、別々のものが重なるところに生まれる。そこはほとんど誰もやっていない。そこを狙って2週間しっかり集中して勉強すれば、世界のトップにだってなれるのだという。

もちろんしばらくすれば、後から学者がやってきてもっときちんとやるだろう。しょせんは三日天下。いずれは追い越されて、そうなると「あいつはいい加減に雑なことばかり言って迷惑だ」みたいなことを言われることもある。それでも、3日か1週間ではあっても(実際に学者はグズなので数ヶ月くらい)日本や世界の最先端を見られたことは、その後の人生を変えうる経験になる。

もっとも、こういう機会は意図的に作れるものではない。ただ何かの中間の領域というのは重要なポイントだ。まったく関係なく別々の好奇心で見ていた話が、全然べつのところでつながると、たぶんそこには何かおもしろいネタがあるのだ。

(中略)

ただし、もちろん世の中には無数の組み合わせがある。無数の重なりの中から、そのときに突然おもしろくなってきた部分を見つけ出して、「1週間だけナンバーワン」になるためには、さまざまな方面に中途半端でもいいから好奇心を向けておくことが不可欠だ。それは自分の中で「わかったつもり」にならない、ということでもある。得体の知れない、わかっていない部分がたくさん溜まっているところをなんとなく把握しておく、ということでもあるのだ。

山形浩生『翻訳者の全技術』(星海社新書)、pp.138–141

自分のことに引きつけて言うと、私は飽き性なので、何事も「こんな感じか」とわかったらそれで満足してしまう。そしてそれで良いとも思っている。浅く広くは結構楽しい(実際は、私レベルでは「浅く狭く」に過ぎないけれど)。こらえ性のない、頭もそんなに良くない人間は、どの道組み合わせの妙でカバーするしかないと考えてきた。

私が単純なCRUDを備えたWebアプリケーションを実装できる程度の勉強はしておきながら、ITの道に進まなかったのも半分はそのため(あとの半分は偶然)で、本職のプログラマーとしては三流以下の実力しかなくても、ほかの業界では重宝されるからだ。

あるいは北野武が、芸人はタップダンスとピアノくらいはできておくべきだが、ピアノはバイエル、ツェルニー、ソナチネまでで良い、あとはそれをアレンジして見せるのが芸人の仕事だ、と言ったことにも通ずると思う。

そういったことを、山形浩生は私なんかよりあらゆる領域で、もっと深くやってきたのだと思う。では私にとっての中間領域とはなんだろうか、そこに活路があるのではないか、という気がしている。そして私のような稼業にはきっとそのような考え方が役立つだろうし、そういう中間領域の本を読むのも好きなのだけれど、実際にそれを作るときには、どの棚に置かれるかはかなり難しい問題になる。

そういう意味では、文庫とか新書とか選書みたいなフォーマットは、何があっても良いから便利そう。あるいは「ケアをひらく」みたいなシリーズものにしてしまうとか。そういうことができたらきっと面白いでしょうね。まだ私にはその力量はないのだけど。