世間ではハロウィーンというか、しかしさすがにストーリーで本気の仮装を披露している同年代の男女もほとんどいなくなって、Twitterのタイムラインで地味ハロウィンのツイートがいくつも回ってくることで今日がその日だということを知った。ハロウィーンということは月末で、経費精算と工数入力の締め日だと連想するのが会社員。ついでに言うと高校のとき、私服の学校だったので仮装する生徒が結構いたのだが、担任が「異民族の祭りに興味ない」と一蹴していたことも思い出した。別に生徒の仮装を否定するわけでもなく、私は興味がありません、という主張だった。しかし他の機会に目のところがハートになっているサングラスを悪乗りでつけてもらったら、仮装それ自体は満更でもなさそうだった。日本人のひとつの類型としか言いようがない見た目の、どこにでもいそうなおじさんなのだが、ハートのサングラスは割と似合っていた。話のわかる人で私は好きだった。
「毎日小さな達成を得ましょう」と昨日書いた。これは昨日上長と面談したときに言われたことで、入社したばかりなので何か毎日学んだり、少しでも改善をして、それを積み上げていきましょう、みたいな文脈だったのだが、人生全般においてそうじゃないかと昨日の文章を書きながら思ったので末尾に引かせてもらった。そういうわけで今日の達成を書く。この文章を書いていること自体もそのひとつなのだが……。
本棚を組み立てて荷解きした
前の家から(というか一人暮らしを始めたときからずっと)使っている本棚がひとつあるのだが、そこに現状本が収まりきらない。前の家はたまたま、出窓のようになっている部分があって、その窓台に文庫と新書をひたすら並べていたので良かったのだが、今の家にはそのようなものはない。
世間で「本棚」として売られているものの大半は奥行きが深すぎる。私の持っているものもそうなので、たとえば四六判やA5判の書籍と文庫や新書を前後に並べることができてしまう。そうすると奥の書籍はもちろん取り出しにくいし、そもそも何が置いてあるか目に入りにくくて忘れるので、できればやりたくないのだが、置場がないときは背に腹は代えられずやってしまう。
しかしそれを避けたいので、文庫本を収納できる本棚を買った。それが今日届いたので仕事が終わったあとに組み立てた。組み立てる前に、書籍の入った段ボールが部屋の多くを占めていて作業する場所がないので、幸い今回は判型別に荷造りをしていたこともあり、従来の本棚に入れるであろう大きめの判型の書籍だけを先に荷解きする。
今まで使っていた本棚はダボの差し込み口がたくさんあって、適当にはめこんで棚板を乗せる形。棚板とダボは外した上で運んできたので、どこに棚板をはめていたのか思い出せず適当にやる。次この本棚を持っていくときは記録しておくべきだなと思うが、もう次に引っ越すときはこれはおそらく処分しているだろう。棚板が歪んできたが、廃番になっているのでもう手に入らない。
文庫と新書以外はあらかた荷解きをして段ボールをまとめてスペースができたところで、組み立て始める。ここ数週間で既にデスクやベッドフレームを組み立ててきたが、こうした家具の組み立てには若干の満足が伴う。やや理解しにくい説明書を読みながら、どうすればこのような大物をひとりで組み立てられるか検討したり、あとでがたつかないようにボルトの締め方を考えたりして、実際に身体を動かすのはちょうど良い作業という感じがする。デスクは棚と一体になっているような形なのだが、横倒しの状態で組んでいた棚の部分を直立させる工程があり、正直かなり重たくてここまでかと思ったが、どうにか持ち上げた。そのようなほどほどの苦労もあるのも良い。
今回の棚は、この種の(つまり、組み立てる前提の安価な)棚のなかではやや高価だったためか、それとも図体が大きくないためか、工程は3工程くらいしかなく、ひとりでも易々と組み立てることができた。また棚板も所詮化粧板なのだが、木目調のプリントに若干の質感を与える加工が施されていて、安っぽい家具としては比較的安っぽくなく、よかった。
そのあと文庫本を荷解きしながら、今までもいくつかのジャンルに限っては既存の本棚に入れていたことを思い出した。しかしなぜかそちらはもうあまり本が入る余地がない。棚板の配置が悪いせいか、なぜか同じ本棚で似たように詰めているのに収納力が減少している。かといって本が既に載っている状態でそれを取り出して棚板の位置を変えるのも面倒なので、なんとか余地を作り出して、ときには結局文庫と単行本を前後に並べるような配置で一定詰めた。それでも買ったばかりの本棚はほとんどいっぱいになる。
また、前の家では文庫や新書はすべて窓台に横並びになっていたわけだが、新しい本棚はそこまで横幅がないので当然縦方向にも、何段かにわたって並べることになる。そうすると横並びの場合と異なり序列が発生する。本棚は私の腰ほどの高さなので、上から1段目が最も目に入りやすく良い位置である。2段目もまだ大丈夫。3段目くらいになると膝くらいの高さで、しかも2段目の影があるのでやや見にくい。4段目はほとんど足下である。文庫の判型ぴったりの書棚ではなく、若干の余裕があるので3段目と4段目は前に出して置く。これは書店の本棚でも行われていること。それでもやはり上から順に序列がある感じがするので、どの本がその位置にふさわしいのか検討せねばならない。
純粋に読んでこれは面白いと思った本を一番上に置くのが本来だと思うが、そうするとジャンルがばらばらになる。これも言ってみれば「私セレクション」のような感じで良いかもしれないが、一定の規則性を持たせたい気もする。横並びであれば、純粋にジャンルごとに並べてもあまり違和感がないのだが、序列があると、ではどのジャンルが一番上に来るべきなのか、という命題が生まれる。
そのとき、私はある人の目をどうしても意識してしまう。昨日書いたように知人のほとんどいない土地に住んでいるので、遊びに来る人もほとんどないし、しかも来るだろう人は大抵かつて私が住んでいた家に来たことがあるので、本棚のラインナップもおおよそは把握している。だからある人とは特定の誰かではなく、本棚評論家のような架空の存在である。そいつがどう思うかということを考えてしまう。しかしその本棚評論家の価値観は結局自分の価値観であり、私自身が私の本棚を他人として眺めたときに、私の理想とする本棚と現実の本棚との差分がどれだけあるかということなのだが。
結局完全に納得してはいないが、このように並べて一旦完成とした。一定の法則性を見出せるかもしれないし、実際は私の感覚でそれを並べているので、他人にはよくわからないかもしれない。
物体としての本にそこまでの関心が無く、雑な人間なので本をぼろぼろにしてしまうのが恥ずかしい(文庫本なら尚更)。なおメフィスト系の作家(森博嗣とか京極夏彦とか)とSF(筒井康隆とかハヤカワとか)は「既存の本棚」に入れている。
本を人並みよりはたくさん持っていると思うが(私の周りには私よりずっと多くの書籍を保有している人が何人もいるのであまり大きなことは言えないのだが)、結局そのように本を揃えて、半分くらい読んだところで私が考えるのは今まで書き連ねてきたような、俗なことばかりなので、これ以上本を増やさないように心がけようと思ったのだった。私はそこまで気合いが入っていないので、本を入れる場所さえ部屋にあればいいということはなく、ソファやテーブルもできれば置きたい。
購入した本棚