2022年2月27日—3月6日

しばらく日記を放置していた。書くことがなかったのではなく、書くことがたくさんあったので書けなかった。覚えている限りで前回日記をつけた2月26日以降のことを書く。

2月27日 日曜日

三月一日から公認会計士として勤める大学の友人と会う。ちょうど大学でそれに関連する何かしらの試験(司法修習のようなものが会計士にもあるらしい)を受けるというので高田馬場で待ち合わせる。ロマンへ行こうという話だったがまだ臨時休業していた。前回来たときも休んでいて、そのとき26日まで休業ということだったが紙が上から貼られて「27日まで」に直されていた。

そのあと鶯谷のサウナに行こうとしていたので上野まで山手に乗ってギャランへ。男二人でクリームソーダを頼む。結局サウナには気力がなくて行かなかった。上野のくだらぬ居酒屋でもつ鍋を頼んだら大変量が多くて難儀した。

2月28日 月曜日

一日家でアルバイトをしていた。夜、この国がいかに弱い立場に置かれた人に対してきつく当たるかということ、そしてそれをどうにかする手段がほとんどないことを思い知らされるような話を聞く。

3月1日 火曜日

四月から働き始めるが、リモートワークが中心らしいし、会社までまあ一時間くらいの場所に実家があるし、当面家を出なくてもよいと考えていたが、いつも通り物件情報サイトを閲覧していたら、場所の割に安い物件があったので内見へ。日記を少しだけ書いていたので以下に引いておく。

生活力に乏しいので内見しても何の想像もできない。適当に水回りを見たりコンセントの数を数えたりしても、なるほどといった感じで何らの感想も浮かばない。ただ周辺の街並みだけを大事にしている。以前の住人はここに三十数年住んでいたとかで、そのため内装をすべて取り替えたという。そのため建物はぼろだが中はまあまあ。

不動産屋がもうひとつ物件の案を寄越してきた。そちらにも足を運ぶ。道中、女性が押していた電動アシスト自転車を重いと言って、(その人の属していない)不動産屋の前に駐輪した。「このあたりの不動産屋はみんな親戚みたいなもんだから大丈夫」とのこと。二軒目は会社から近く、相場くらいの家賃だがそのため一軒目と比べれば上等。ただし部屋は広くない。

このような感じだった。新宿から三十分くらいの場所だったので駅まで歩く。ウクライナで戦争が始まって以来読み返していた山田風太郎『戦中派不戦日記』を読み終わったらしい。

3月2日 水曜日

家でアルバイトをした後、翌日の出社に備えて根津のO宅へ向かう。鶯谷で待ち合わせラーメンを食い萩の湯へ。萩の湯からSも合流してきた。Sも一人暮らしを画策しているが、大変好条件の物件をすんでのところで別の人に押さえられてしまったらしい。内見した二日後に申込書を出したのだが、内見当日の夜にもう誰かが申し込んでしまった由。O宅に戻ってから、現在企画している同人誌の話など。

3月3日 木曜日

神保町にあるアルバイト先へ出勤。最後に出社したのは昨年六月なので八ヶ月以上経っている。就職に伴いバイトを三月末で退職するが、後輩にその後釜となってもらう。彼女の初出勤に合わせ引き継ぎを行うため、出社。上司と久しぶりに顔を合わせる。

前回の出社から今までにオフィスの改装工事がしばらく行われていて、それが終わってから初めて行った。フリーアドレスとなりやや居場所がない感覚。いくつかのグループ企業で同じオフィスを使っているのだが、フリーアドレスといってもなんとなく寄り集まっているようで、自分の会社の人が多いあたりで仕事をする。

神保町は美味しい店がたくさんあることを知っているが、たぶん五、六回出社したと思うが常に丸亀製麺でお昼を食べている。休憩は一時間好きに取れるが選ぶのが面倒なため。

帰宅してから、親と話して一人暮らしと初期費用の工面について了承してもらう。Sがすんでのところで申し込まれた話を聞いて、腹が決まったので。初期費用は、正確には父方の祖父が払う。初期費用くらい自分で払えという話だが、本当に貯金ができないので口座残高が六桁を超えていることはめったにない。学生のときでもわりと数十万程度の貯蓄がある人はいて、そして自分もまったく稼いでいなかったわけでもなかったので、俺はなんなのだろうと思っていた。

初期費用の件など、ブルジョワの息子だなという感じがするが、ブルジョワなのは自分のせいではないのでそこに申し訳ないという気持ちは抱かないようにしつつ、罪悪感のようなものはある。ただ、養子に入る以前はわりと貧しい暮らしをしていたので、これもある意味富の再分配かもしれないと屁理屈をつけたりしている。

親は案外一人暮らしに反対しなかった。母はまあ認めてくれるだろうと考えていたが、父もわりとすんなりだった。俺の生活力のなさを一番よく知っている人たちだが、一方で家を出たがっていることも承知していたのだろう。思えば大学受験のとき京都の大学を目指すかどうかで揉めたことがある。しかしさすがに私大の学費と下宿代は負担してもらえそうになかったので、国立大学へ行くしかなかったが、京都の国立大学のうち自分にとって魅力的なところに入れるような学力は到底なく、出願しなかった。それで東京の私大へ行き、結局それももうやめてしまうのだが。どら息子にも程があるが、まあ自分で口に糊することができるようになれば良いのではないだろうか、とひとりで納得している。できるか知らないが。

3月4日 金曜日

家でアルバイト。昼休み、申し込みに必要な書類を不動産屋に送付する。内定通知書はPDFで送られてきたので印鑑など押されていないが、問題ないらしい。こんなのいくらでも適当に作れるではないか。でもよく考えれば水商売の人は在籍会社を使っていたりするのだし、家を貸すというのに案外適当な世の中である。しかし世の中がこの程度の粒度で動いていることで、随分多くの人が助かっていると思う。きっと昔はもっとおおらかだっただろう。保証会社と大家が首を縦に振れば家を出ることとなる。

そののち、Yがドミニオンボードゲーム)をやろうという誘いをLINEでしてきたのでまたO宅へ向かう。五人集まる。よく覚えていないがゲームをやったりして過ごす。O宅は学生の一人暮らしのわりには広いが五人で寝るとさすがに狭い。夜中まで話し込む。美容院の話が一番面白かったかな。美容師に「今日はどうされますか?」と聞かれると、「ちょっと伸びてきたので ……」とか言ってしまいがちだが(普通はそうでないのかもしれない)、それってファミレスで注文をとってもらうときに「ちょっとお腹が空いてるので……」と言っているようなものじゃないかという話をした。

『不戦日記』に続いて読み返していた『戦中派焼け跡日記』を読み終わる。

3月5日 土曜日

起きてから、神保町食肉センター上野店へ。ランチは990円で焼肉(といっても決まり切った肉だが)が食べ放題ゆえ。ほかの人たちは以前にも行ったことがあるらしいが俺は初めてゆく。美味しかったが脂っこい。夕方、高校のクラス会が小規模ながら予定されていたが、最近くしゃみが止まらなくて、その状態で地元まで戻るのが面倒でキャンセルさせてもらう。

O宅に戻ったあと、Nが追いコンがあるとか言いながら去ってゆき、夕方になってからSが物件を探してよい物件を見つける。即座に連絡してYとともにそのまま内見へ向かう運びとなる。内見の後、待ち合わせて銭湯へ行こうということになる。

Oと俺は神保町で時間を潰すことにする。Oが行きたいと言うので東京堂へ。それぞれに時間を潰せない人とは一緒に書店に行きたくない。書店でついてこられたりすると迷惑である。そんな人は友人にほぼいないし、そういう人とはそもそも書店に入らないのだが。入口付近に秀和レジデンスの本が置いてあり、好きなのでつい立ち読みしてしまう。実際に秀和レジデンスに住んでいる人の暮らしぶりを数人分紹介しているのだが、この職業でどうやって家賃 or ローンを賄っているんだ、そんなに儲かっているのか、と失礼ながら思ってしまう人が何人かいた。羨ましい。いつか秀和レジデンスに住みたい。幡ヶ谷以外も管理組合はうるさそうだが……。

東京堂はやはり良い書店だな、と思う。アルバイト先が神保町なので出勤したときにたまに足を運んでいたのだが、久しぶりに来て改めて思った。有名だが、岩波文庫をそれなりに揃えている書店は良い書店、という話がある。ふつう書店は本を返品できるのだが、岩波は買い切りのため、揃えるためにはそれを売る覚悟が要る。またそれを買う客が来る必要がある。チェーンの大型書店ならいざ知らず、街中の中規模程度の書店で岩波を揃えているところは頑張っていると言って良いと思う。東京堂は有名書店なので岩波を揃えているなんて当たり前だが、それを超えて棚がしっかりしている。

書店を出て喫茶店へ。煙草が吸える、以前行ったことのある店。カラメルがコーティングされた洋梨のケーキが大変おいしかった。ケーキはめったに食べないのだがお腹が空いていてなんとなく頼んでしまう。名前は忘れたがシブーストに似ている。本を読むのと喋るのを交互にする。

秋葉原と神田の間にある銭湯で内見を終えたSらと合流。内見の感想を風呂で聞く。条件は良いのだが見てみると案外微妙だったという。夜九時手前に秋葉原で飯の食える場所を探すが、蔓延防止措置のため見当たらず、タクシーを拾い根津でもっとも猥雑と思しき居酒屋へ向かう。こういう居酒屋は好きだな。またO宅へ戻る。

行った奴にクラス会がどうだったか聞くと、時節柄もあって結局五人くらいしか来なかったらしいがわりと無難におさまった様子。クラスメートに山梨かどこかの大学の工学部に進んでバイクにはまり、峠を攻めていた女の人がいるが、その人が来て、四月から就職して浜松でバイクの設計をすることになったと言っていたらしく、大変かっこよいのとそのやりたいこととできることが一致している感じを非常に羨ましく思う。

3月6日 日曜日

Oが映画が見たいというので、四人でいろいろ候補を挙げるが結局、ゴダール『男性・女性』に落ち着く。いま知ったがゴダールってまだ生きてるのか……。ゴダールの映画をちゃんと見たのはこれが初めて。OやSは映画が好きなのでよく見ているが俺は映画特有の冗長さに耐えられないことが多いので、あまり見ない。

まず、よほど面白くない限り映像の前でじっとしていることが困難なので、それをさせてくれる場所としての映画館に行かないといけないが、その辺の映画館でかかっているものはくだらないものが多いし、それに千数百円払うのであれば文庫本を買って喫茶店に行った方が幸せになれると思ってしまうので、めったに映画館へも行かない。

『男性・女性』はというと、面白かったけど自分から見ることはないだろうなという感じ。少ない経験から言えばフランス映画はおおむねそんな感じだ。本は自分で読まない限り話にならない——少なくとも現代では——けど、映画は複数人で見られるので、自分から見ようとしなくても見るチャンスがあるのが良いところだとは思う。

映画を見た後揃って外に出て、上野のファーストキッチンで昼飯。そのままたんぽぽハウスへ。たんぽぽハウスは異常に安い古着屋。高田馬場にしかないと思っていたが上野(正確には御徒町)にもあるらしい。ジャケットが欲しかったがサイズがなく、シャツを一着買う。昨日は暖かかったのに今日は風が吹き荒れていて、くしゃみがいよいよ止まらない。花粉症であることをできるだけ認めないようにしているが、たぶん花粉症なのだろう。もともとアレルギー性鼻炎でもあり、本当に耐えがたい。

寒さにやられて気力を失い、たんぽぽハウスを出た後解散する。マツキヨで鼻炎の薬を買う。市販薬ってなんでこんなに高いんだろう、といつも思わされる。花粉症とかの薬は特に高い。六日分の薬に二千円くらい払う。保険が効いていないからだろうか。「就寝前一錠」と書いてあったが無視して即座に一錠飲む。

ここ数日ちょっと金を使いすぎたな、と思いながら、大江戸線で新宿に戻って喫茶店に入ってしまう。ひたすらウエルベックある島の可能性』を読む。ここ一ヶ月ほど小説ではウエルベックばかり読んでいるのでやや食傷気味の感がある。そうしている理由は以前の日記で触れた。これを読み終わったら、邦訳が出ている小説は『ランサローテ島』『地図と領土』『セロトニン』だけ未読になる。相変わらずここは接客が良すぎる。それから家へ戻り、これを書いている。明日また出社なのであと一時間くらいで床に入らねばならない。鼻炎は和らいだ。