古本に動かされ、雨にとまどう/2023-04-16(日)

6時頃目覚める。この前の投稿あたりから生活リズムが崩れ去っていたのだが、いっぽうで仕事がどさどさとやってくる状況だったので、カフェインやらの力で修正を試みたら今度は夜7時に眠って夜3時とかに起きる生活になってしまったのだが、さらに調整を重ね最近は22時就寝6時起床になった。

そのまま朝7時から働いて夕方に終えるような感じで、朝起きると仕事ははかどる。なぜ、起きている時間の長さは変わらないのに、午後に起きるような生活だと何もできないのだろう。とりあえずゴールデンウィークまでは早起きできるとよいと思うのだが、多分無理だろう。今日は日曜なので仕事はない。昨日の夜ご飯の残りを食べて、ビルを撮りに出る。摩天楼の高層階がかすむのが好きなので。

先日開業した東急歌舞伎町タワーもこの通り。まだ中には脚を踏み入れていない。

一旦家に戻り、10時過ぎに再び出て雑司ヶ谷へ自転車を走らす。もう晴れていた。明治通りを軽快に走る。

雑司ヶ谷で古本市があり、そこでこの前亡くなった目黒考二の蔵書を、本の雑誌社が販売するというので。国内の小説がほとんどで、すべて一冊200円。11時開始で10時50分ごろ会場に着くとすでに列ができていた。開場する頃には私の後ろに数十人は並んでいた。

道沿いに並んでいたのだが、ちょうどその並びに豊島区議候補の選対事務所があって、そこのスタッフと思しきおじさんに「これはなんですか」と尋ねられる。私の前に並んでいた人が「本の雑誌という雑誌があって……」と答えた尾をついで、目黒考二というこの前亡くなった書評家がいて、その人が持っていた本を売るのです、と言った。

そのあと、おじさんは他のスタッフに「有名な人の書いた本が抽選でもらえるらしい」と説明していた。前の人は「物事が正確に伝わるのは難しいですね」と言っていた。

そのような牧歌的な時間もつかのま、開場の案内とともに列が進む。人を押しのけて会場へ走るような人はなかったのだが、あっという間に本の前に人だかりができる。なにせ仕事として本を読んで紹介する人の蔵書だから、初版の単行本が多い。人波に揉まれつついくつかの本を落手。

会場は古本市なので、それ以外にも出展者がいて本を置いている。そちらでもいくつか買った。ある机にはBURSTという雑誌のバックナンバーが並んでいて、ちらちらと見ると、タトゥーやドラッグや走り屋といったアングラな感じの記事が多い。ちょっと面白いなと思い、500円以下なら1冊くらい買おうと、その辺の人に値段を尋ねたら、あ、ちょっと待ってください、と言い、ちょうど私の後ろにコンビニ袋を提げてやってきた人に「これいくらですか?」と聞いた。その人がこのブースの主らしい。

「あー、定価でいいかな? サインとかいる? 俺編集長だったんだけど」と言う。その号の定価は900円だったので、予算を上回っていたがこの流れで「ああ、じゃあいいです」とは言えない。せっかくなのでサインもお願いする。

「まだ若いよね、いくつ?」
「25です」
「BURST知ってんだ?」
「存在は」

サインをしてもらいながらそんな会話をする。存在は、と言ったのはまったくの噓ではなく、たしかに以前どこかでこの雑誌のことを見聞きしたような気がするものの、目の前にいる人が編集長だったことも知らないようなレベルである。後で調べたら、系列のBURST HIGHという雑誌が大麻の専門誌で、連載陣が捕まりまくったりして古書価が上がっているらしい。そのバックナンバーもいくつかあったので、そちらも買ってもよかったかもしれない。

それから、本をつめたバッグをかごにのせ、自転車で雑司ヶ谷をうろつく。この辺りはなかなか良い街並みである。朝はビルのてっぺんが見えないくらいだったのに、今や夏のような日差し。緑が多く、なんとなく夏休みのような気持ちになる。昨日は休みながら丸一日雨が降り続いていたので鬱屈としていたが、打って変わって良い気分だ。

私は電動アシスト自転車に乗っているので数キロメートルの移動などものの数にも入らない。まだ真っ昼間だしもう少し脚を伸ばして、そこで喫茶店にでも入ろう、と思い、とりあえず大塚を目指す。

しかし大塚にはすぐに着く。

大塚駅前。駅前広場には「ironowa hiro ba」という名前がついている。周りのテナントも「ba」と記されている建物が多い。地場の不動産屋がそのように街を開発しているらしい。(参考

山下書店大塚店。東京広しといえど、24時間営業の書店はここくらいでは。

うーん、まだ行けるな、と思って地図を見る。まだこの陽光のもとを走り抜けたい。神保町まではほとんど一本道で、自転車で二十分程度の道のりらしい。神保町には良い喫茶店がいくつかあるし、帰りも靖国通りを走っていれば家の方に着くので、ちょうどいいと向かう。

感じの良い公園

途中、後楽園あたりで自転車屋が目につき、軒先に無料の空気入れを置いていたので空気でも入れるかと立ち寄る。親子がそれぞれの自転車に空気を入れていたので、並ぶ。その合間に、根津に住んでいる友人に「神保町でお茶でもしないか」と誘う。友人は15時くらいなら行けると言う。

空気を入れて再び走り始めると空が暗くなり、風が冷たくなった。そこからすぐに大粒の雨がぽつりぽつりと降り始めて、神保町に着く頃には今にも大雨になりそうな感じだった。急いで駐輪場に自転車をとめる。

傘を持っていてよかった、と折りたたみ傘を広げる。雨が強くなる。みんなこんな雨が降るとは思っていなかったのか(実際雨の予報ではなかったと思う)、軒で雨宿りをしてなすすべもなく空を見上げている。私は急な雨に降られて茫然としている人を見るのがなんとなく好きだ。今日はたまたま傘を持っていたものの、私もよくそうした状況に陥る。普段は万物の霊長として肩で風切って歩いているが、俄雨くらいで人間は困ってしまうのだ。そんなに素敵なことはない。

ちょうど小腹が空いたので、雨宿りと友人を待つ時間つぶしも兼ねて嵯峨谷に入る。嵯峨谷は立ち食い蕎麦のようなつくりで、値段もそれくらいだが、十割蕎麦を出している。私は蕎麦は二八が好みなんだけど、その辺の立ち食い蕎麦よりちゃんと蕎麦の味がしてわりとおいしい。値段を考えるとかなりいい店だと思う。冷たい天ぷら蕎麦にする。かき揚げが乗っている。わかめはセルフで乗せ放題である。わかめの脇にある生七味を適宜入れると(蕎麦の味はわからなくなるが)よりおいしい。

蕎麦を食べている間、雨がスコールのように降る。雷も何度かとどろく。いつの間に通りを歩く人がいなくなり、店内の客もみな外をちらちらと見ている。香港やタイや沖縄の雨のことを思い出す。東京の天気もだんだんと亜熱帯のようになってくるのかもしれない。

食べ終わると、雨がいくらか弱まっていた。蕎麦屋を出てとりあえず東京堂に行く。東京堂は、週間ベストセラーがほかとまったく異なるラインナップになることで知られる書店である。しかし、本が詰まった鞄が重くてあまり集中して棚を見ることができない。これ以上本を増やす気にもなれないしと書店を出たらもう晴れていた。どういうことなんだ。なんですかこれは。しかし天気アプリを見ると、夕方にもう一雨来そう。自転車なので、帰るなら今かと思って友人にその旨を告げ、また今度、という運びになる。

なんですかこれは、と思いながら撮った写真

百均で買った布巾で自転車を拭いて、いったんは帰路につくも、数分漕ぐうちにどんどん日差しが出てきてこれはもう大丈夫なんじゃないかと再び天気アプリを開くと夕方の雨雲はどこかへ消えている。せっかく喫茶店のために神保町まで来たのだし、いくらか疲れてもいるのでもう覚悟して店入ろう、と来た道を引き返す。友人にもやっぱ喫茶店行くのでよかったらどうぞ、と言っておく。

俎橋(まないたばし)の交差点。ここで引き返すことを決意。

神保町に戻るとこの日差し。しかしよく見ると、空はやや暗い。

神保町には煙草が吸える喫茶店がいくつかあるが、私はだいたい壹眞珈琲店にまず行って、混んでいて入れなかったら他を当たる。今日はカウンターしか空いていなかったがとりあえず座れたので入る。何か甘い物が飲みたいと思い、飲むコーヒーゼリーなるものを頼む。ここはケーキもおいしいのだけど、さっき蕎麦を食べたばかりなので入らない。

友人も二十分ほどでそちらに着くとのこと。今日買った本を適当にめくる。店に入って気が抜けると疲れていたことがわかる。休みなく外にいて自転車を漕ぎ、やがて大雨に降られるのだからそりゃ疲れる。

やがて友人が来て、最近のあれやこれやを話す。先方は学生ゆえに暇で、まあ私も勤め人ながら暇なので、週に一度は会うのだが、彼が病に臥せたり私がちょっと忙しくしていたりして二週間ばかり会っていなかった。それくらいの期間で積もる話というのもおかしな言い回しだが、とにかく積もる話をする。私の飲み物が先になくなったので紅茶をお代わりして、二人して煙草をのみのみ話し続ける。

夕方になり、頃合いよく二人とも飲み物がなくなり喫茶店を出ると、雨が降っていた。うけるなと思ったが、話に出てきた「パチンコ屋の跡地にできた巨大な古本屋」で雨宿りをする。そもそもパチンコ屋なんかあったっけ? と思っていたのだが、案内されて行くとあーここかー、Twitterで見たわ、となった。

早稲田のあたりは東京では神保町に次ぐ古書店街で、私の通っていた大学の近くにもルネッサンスという店があった。そこが最近閉店してしまったのだが、その店主がここに移るというツイートを目にしていた。雑司ヶ谷で買ったのもいくつか早稲田の、別の古本屋のものがあったな、今日は古本に動かされる日なのだな、と思う。

店内はとても広い。これ以上持ち帰る本を増やしたくないと思いつつ、無理なので1冊買ってしまう。文庫だし、読みたい本だったからいいか。数十分ほどそれぞれ店内を彷徨し、満足したので出た。雨も無事上がっていた。そのまま彼は東京堂に行くというので、私はもう一度百均に行って再度布巾を求め、自転車を拭いて帰路についた。日が傾き、そのうえ二度も雨が降ったので昼間の熱が噓のようにひんやりとした空気だった。


今日買った本

雑誌BURST 2000年1月号。編集長・ピスケンさんのサイン。

右の4冊の単行本は目黒考二の旧蔵書。蔵書印などはない。しかし『ガダラの豚』などページに折り目がついているものもあり、それが元の持ち主の存在を偲ばせる。鷺沢萠はファンなので、デビュー作の初版本が手に入り嬉しかった。本の雑誌を目黒と一緒に始めた椎名誠の本はたくさんあった。一冊くらいは手に入れておくべきだろうと購入。江國香織はなんとなく。

文庫本は、一番左を除いて雑司ヶ谷で購入。山形浩生『新教養主義宣言』は、誰かが良いと言っていたぼんやりした記憶があった(帰宅して調べたらphaだった)。

稲垣足穂『一千一秒物語』はどこかに行ったので買う。マルキ・ド・サド『ソドム百二十日』(澁澤龍彦訳)はたしか最近友人が買っていて、ちょっと面白そうだったので。岸上大作『意志表示』は、短歌が収録されているのでとりあえず買う。歌集は古書などで安ければ、わりと買うようにしている。岸上大作の代表歌は以下。江戸川乱歩は通ってこなかったのと、あと装幀がよかったのでこの機に。

血と雨にワイシャツ濡れている無援ひとりへの愛うつくしくする

神保町で買った原武史『滝山コミューン一九七四』は、彼が育った、東京郊外にある滝山団地の小学校での経験に基づくノンフィクション。同じ著者の『「民都」大阪対「帝都」東京 思想としての関西私鉄』がとても面白かったし、団地ではないものの東京郊外の生まれ育ちとして興味があったので購入。