春の夜で

今日は昼過ぎまで眠っていて、案の定夜眠れない。月曜は有休をとって四連休だったけど、午前中に起きられた日ってあるだろうか。明日は仕事だ。ちょっとくらい寝不足でもなんとかなるとは思うけど、月並みな発想だけど、眠れない夜と朝の抗いがたい眠気を交換してほしい。

東京では桜が見頃を迎えている。ソメイヨシノはすべてクローンだから一斉に開花するんだと聞いていたけど、今年の桜はもうすでに満開の木もあれば、まだぽつぽつとつぼみが残っているものもある気がする。いずれにせよ、桜が咲いていると街が一気に華やぐ。一年のうちに数週間しか花をつけない木を、その数週間の楽しみのために日本中に植えているのは、ちょっと豊かなことだと思う。私は四月の中旬生まれで、数年に一度は私の誕生日にも桜が見られるのだけど、近頃は開花が早くてかなわない。それは少し悲しい。

気持ちが昂ぶっているとうまく眠ることができない。ここ数日、眠る前は、まず西東三鬼『神戸・続神戸』を一話ずつ読む。戦時中、「単身、東京の何もかもから脱走」(p.9)し、神戸のトアロード(三鬼は「トーアロード」と書く)のホテルに長期滞在していた三鬼が、そこで出会ったさまざまな国籍と文化を持つ人々との出来事を記した連作短編集。著者の経歴では「自伝的作品」とのことだから、フィクションも含まれているのだろうが、それはどうでもいい。

抑制された筆致ながらも、ユーモアとペーソスに満ちあふれた抒情的な文章は、眠る前に少しずつ読むのにちょうどいい。『神戸』十編、『続神戸』五編が収められていて、まだ『神戸』の第七話までしか読んでいない。一夜に一話、どうしても続きが読みたくても二話まで、と決めている。新潮文庫の帯には、「戦時下の神戸に、幻のように出現する『千一夜物語』の世界」とのコピーがある。まさしくそれがふさわしい。同じ神戸を舞台にした、『一千一秒物語』から幻想的なモチーフを排したような印象も受ける。

先日東中野のブックオフで入手したのだが、奥付を見ると「令和元年七月一日発行」とある。また帯を見ると「名著復活」ともある。最近まで絶版になっていたのだろうか。こんな面白い作品が眠っていたなんて。

それを読み終わると、いくらか心は安らいでいるのだが、まだ足りないのでだいたい、部屋を真っ暗にして、煙草を吸う。携帯を見たりもしないで、暗い部屋に煙草の赤い火だけが私の呼吸に合わせて明るくなり、暗くなる。そしてグラスに注いだ冷たい水をゆっくりと飲む。そうするとかなり落ち着く。

いまはもう暖房をかけなくても寒くはない春の夜で、私は、私の給料から家賃を支払っている私の部屋で、ただ静かに煙草を吸う。それは本当に幸せな時間で、人生にこれ以上の喜びがあるだろうか。この部屋で私は孤独で、それゆえに私はとても自由だ。それは本当にぜいたくな時間だ。

今日はでも、それをしてもまだ眠ろうという気になれなかった。私はこれを書き残しておかねばならないと思う。いまはもう春の夜で、街には桜が咲いていて、私は好みの本を読み、自室で煙草をくゆらせる。私はこの自由を(たとえ明日の朝には仕事をせねばならないにしても、)いま得ている。いつまでも世界が春の夜であり続けたらいいのに。でもそれはかなわないから、私はこれを書く。